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二〇〇八年度 年間大賞 から
                    
2008年私の選んだ年間大賞(偏見歌評)

西部 稔

 

【自由詠 3席まで】
一席作品
51     村瀬杜詩夫
 運転手が
 母さんに呼ばれ
 電車が
 縄にもどる
 原っぱの夕暮


* 作者の思惑とは違うと思いますが、ニシベはここに昭和の叙情を感じてしまうのです。そして、もうこんな歌は古いのだ、時代遅れの甘い感傷だという批判に逆らう磁力を感じています。だいたい、昭和のどこがいけないのですか? センチメンタリティの何が悪いのですか、唄も、演歌のほうが心に染みるし酒にも合うのだと、小声で主張したいのです。
 抒情ではなく、歌としての批評(まっ、なんておこがましいんでしょ。)をさせていただくと、「電車が/縄にもどる」という発見<対象の発見=言葉の発見>に、3点、いや、5点は投じたくなったのですね。
 最終行が「夕暮れ」で終わっているところの是非については自分の中で揺れているところです。というのも、最後の目のやり場を、その場に捨てられた用済みの「縄」に持って行くべきか、空き地の向こうの下町の屋根を彩る夕焼けにもっていくか、迷っているからです。
 でも、文句なし。
 一席に  文句をつけようはありません。

 

二席作品

26      赤井 登
 「夕焼け小焼け」が
 町に流れると
 都会の芯が
 すこーし
 和らぐ


* 町内広報の放送、夕方5時か6時か、「夕焼け小焼け」は全国的に定番らしい。しかも、ノスタルジアを刺激する。それだけなら、言い古された中味と表現。しかし、「都会の芯が/…/和らぐ」が、常套性を打ち破った。3、4、5行目が大切なので、1、2行目ではこのようにさらりと言い捨てていた方がいいのだ。
 このごろ少し思うことは、言いたいことは少ない方がいい、ということ。少ないことを的確に言うためには、他のところはあまり言い過ぎない方がいい ということ。ズバリと最短距離で表現し、しかも、その息が長い表現がいいと思っています。(ちょっと、めんどくさい言い方ですね。)



二席作品

35      酒井映子
 山の上で
 巨大な風車が
 一基
 ぐわりぐわり
 秋空を回している

 
* 「山の上で/巨大な風車が/一基/ぐわりぐわり/秋空に回っている」
光景は、これだけです。本当は、秋空に風車が回っているのです。
 ところが、これを「風車が/秋空を回している」と言いました。常識的見解に矛盾するように見えて、実は一面の真理を言い表している、そんな表現方法を逆説(パラドクス)といいますが、まさに、この逆説的表現方法によってこの歌が、日常を詠みつつ日常の意識をひっくりかえしたのではないでしょうか。
 また、「ぐわりぐわり」というひらがな書きのオノマトペが、この歌を勇壮なものにしています。ここには、作者の心情は直接説明されていません。説明するのではなく、思いの核をぐいっとつかまえて、オノマトペではき出したのでした。



三席作品

8       酒井映子
 数センチの雪
 東京は
 叱られた
 子供のように
 しゅんとしている


* 東京だけではありません。長崎などでも,薄くレースを敷いただけで、もう交通マヒなのです。ハイテクの中心、東京でも雪で交通も麻痺してしまうということを詠んだとしたら、そこに,現代科学文明批判も垣間見られます。
 あるいは、喧騒を飲み込む雪のもつ消音効果のことを言っているのでしょうか。
 どちらにしても、「子供のように/しゅんとしている」がお茶目でかわいいのでした。



【題詠】

題詠の部     
一席作品      【泳ぐ】 
56         扉
 春一番
 髪を逆立て
 スクランブル交差点を
 みんなで
 立ち泳ぎ


* 春一番クラゲはみんな立ち泳ぎ

 

二席作品       【包む】
60      稲泉幸子
 計算どおりに
 四角いものを四角に
 ピタッと
 包み終えたときの
 快感


* セーラー服と機関銃も包んでおきましょう。(快感!!)



二席作品      【落ちる】
84      村瀬杜詩夫
 これで
 楽になった。
 ぽつりと
 落ちた熟柿が
 呟く


* 何を背負っておったのか。



三席作品     【揃い・不揃い】
73   山碧木 星
 そろっている美しさと
 揃えることの
 不気味さ
 一糸乱れぬ
 行進を見ている


* 某国  or 亡国



四席作品      【飲む】
55         史緒
 言えない言葉
 飲み込んで
 不実な赤い実は
 また
 嘘が上手になった


* 赤い鳥小鳥 なぜなぜ赤い♪
  赤井さんが 食べた♪



四席作品      【泳ぐ】
57      渡辺加代子
 世の中を
 泳ぐのが
 下手ならば
 蟹のように
 歩けばいいさ


* 「あれっ? この蟹 縦に歩いているよ?」
    「へぇ 酔ってますもんで」



四席作品      【走る】
65        酒井映子
 ホームから
 階段を三つ降りれば
 小さな踏切
 江ノ電が
 腰をふりふり走り去る


* 江ノ電は ベティブープか マリリンか



四席作品      【乱れる】
68      町田道子
 言い淀んだ
 ことば一つに
 貴方の心の
 乱れるを
 見る


* 淀屋橋 大淀橋があるんだから 言淀橋(いいよどばし)も  あると思います。



四席作品      【乱れる】
70      酒井映子
 力なく
 乱れた便りが
 最後
 端正な文字を
 書く人だったのに

* 哀悼 切々
  亡き父の遺稿・歌稿もそのとおり、最晩年の文字は乱れて……



四席作品     【揃い・不揃い】
74      今井幸男
 お月様どうぞ
 小さな手が
 こねて丸めた
 不揃いの
 お月見だんご

* 下手なイラスト、採用御礼申し上げます

 

五席作品      【飲む】
53     村瀬杜詩夫
 境涯は
 問わず語らず
 再会の友と
 ただ
 杯を傾ける

* 君子の交わりは 水の如し



五席作品      【朝】
76      酒井映子
 朝を待ちかねて
 蝉の声
 いそげよ
 いそげ
 夏はもう後ろ姿


* 5行目を拝借して
  <夏はもう後ろ姿と風が言う ポニーテールの揺れている朝>



五席作品   【消える・消す】
79     松尾さやか 
 味が染み込むまで
 どーんと
 構えて待とう
 火は消えてからが
 ホントの勝負


* 女の二の腕 底力


2008年度年間大賞
<その他・ニシベが選んだ好きな歌>

【自由詠の部】
5         
史緒
 あまり毛糸
 かき集めて
 やり場ない想いを
 黙々と編み込んでいる
 寒の夜


* 「あまり毛糸」は,一旦編まれていたのに説いてしまった人生の欠片なのかもしれない。青春・朱夏・白秋を経て,次第に寒くなってきた人生。残り物の人生をかき集めた「毛糸玉」にじゃれてくれるネコなどいるのだろうか。



11       町田道子

 やたらと
 誉められ
 面映ゆい日
 なんだか
 右足長く感じる

* なぜ  右足が長く感じられるのか,論理的・合理的な整合性はない。しかし,そこが面白い。古い叙情の持つ予定調和を打ち破るところに,歌の現代性が見えてくる。とはいえ,この手法が現代詩を難解にしていったのだけれども。



16      範子
 母の脳が
 くるみのように
 固くなってきたらしい
 聞いた話が
 沁み込んでいかない

* 胡桃の実は脳のしわそっくり。いや,写真で脳の皺を見たときに,胡桃そっくりと感じたのだった。殻の固さも相俟って「くるみのように」はぴったりの比喩である。と,ここまでなら単なる「類似の発見」のおもしろさだが,これが認知の問題に言及されたことで深みが出た。



27       小杉淑子
 今日
 あった
 ことの分
 だけ
 布団沈む

* 俳句的な切り取り方? 詩情豊かな川柳?
 何と形容していいか分からないが,染みてくる作品。
 作者はこの後,すぐに眠りに墜ちたのだろうか,それとも,眠れない夜をもんもんと過ごすことになったのだろうか。



29       柳瀬丈子

 朝露を
 ちりばめた
 クモの巣を
 ゆすってみる
 ーお留守ですか?

* 句や歌は,状態や様子を描写したものが多い。そんななかで,「ゆすってみる」なんて行動を言うのは珍しい。新鮮な驚きをもって鑑賞した。そして,5行目に,とどめを刺されたのであった。



36      村瀬杜詩夫

 円錐に
 静けさ湛える
 蟻地獄
 罠というもの
 なぜか美しく

* 滅びに美を見出す感性は,静寂の音に聴き入り,闇の発する黒い光に惹き込まれる。そして,このような罠に魅入られてゆくのだ。分かっていても吸い込まれる人間の愚かしさと純粋さ――。